意思ある人がチャンスを掴める世の中に。コロナ禍で生まれた『#スポーツを止めるな』創設メンバーに聞く、人生100年時代の歩き方<前編>

2020年3月、ラグビー界に激震が走った。毎年春に開催される高校ラグビーの大舞台、『春の高校ラグビー』(全国高等学校選抜ラグビーフットボール大会)がコロナ禍で中止となったのだ。各大学リクルーターがこぞって訪れるこの大会は、3年生にとって人生を左右する重要なもの。失われた機会の大きさに危機感を抱き、立ち上がったのが『#ラグビーを止めるな』だった――

SNSを通じて高校生と大学との接点を作り、進学のチャンスに繋げるこの取り組み。この活動は瞬く間に広がり、開始半年を待たず、他11競技へも拡大。スポーツ界全体を動かす一大ムーブメントとなりました。現在、『#スポーツを止めるな』として活動するこのプロジェクトは、複業メンバーが大半。荒波の中、飛躍的な発展を叶えた要因は何だったのでしょうか。明日を担う学生への想い、変化の激しい100年を生きるヒントを、同団体共同代表理事の廣瀬俊朗さん、最上紘太さんに聞きました。
「これは『スポーツの未来』の話」――今回は特別にご協力いただき、多くのスポーツ関係者が通うという、元サッカー日本代表監督・二宮寛さんが営むコーヒー店『葉山珈琲パッパニーニョ』から前後編に分けてお届けします。
今回はその前篇です。後編はこちらからご覧ください。

(プロフィール)
〇廣瀬俊朗/元ラグビー日本代表主将、(株)HiRAKU代表取締役。1981年生まれ、大阪府吹田市出身。5歳から吹田ラグビースクールでラグビーを始める。大阪府立北野高校、慶應義塾大学理工学部を卒業して、東芝ブレイブルーパスに入部。キャプテンとして日本一を達成した。また、日本代表として28試合に出場。2012-2013の2年間はキャプテンを務めた。ワールドカップ2015では、メンバーとして南アフリカ戦の勝利に貢献。ワールドカップ2019ではアンバサダーとして活動。現在は、スポーツ普及、教育、健康、食を中心に活動している。現在、藤沢市在住。

〇最上紘太/コミュニケーションプロデューサー。ラグビーコーチ。1979年生まれ、東京都出身。慶応義塾大学卒業後、広告会社に入社し、スポーツマーケティングやパブリック領域のビジネスプロデュースに従事する傍ら、大学ラグビーや高校ラグビーにてコーチを経験。指導者サポートなどを行うコーチとして活動。2017年より葉山に移住。

 

『#スポーツを止めるな』とは?

始まりは、ラグビー界にてスタートした『#ラグビーを止めるな2020』。次のステージでラグビーを続けたい高校3年生がプレー動画をTwitterに投稿し、それを有名選手やラグビーファン、関係者がRTし拡散することで大学のリクルート担当に見てもらい、チャンスを広げようとするもの。これが同様の課題を抱える他競技にも広がり、『#スポーツを止めるな2020』という一大ムーブメントとなった。ラグビーでは大学進学やトップリーグ入り、バスケではBリーグ入団など、実際に次の進路に繋がる成果が複数生まれている。社会全体で1人でも多く、次のステージでスポーツを選択する子が増えることを願い、続けられている。

公式サイト:https://spo-tome.com/

(聞き手)

  • 山口順平/100CLUBリーダー。都内の企業で会社員をしながら住んでいる茅ヶ崎で複業を実践。ワクワクしながら自分で人生の舵を取り進んでいく生き方に憧れ、取材を続けている。
  • 森岡悠翔/湘南出身の編集・ライター。100CLUB副リーダー。Webエンタメメディアで編集をしながら、地元での地域活動を模索中。大きい声より小さい声を集めていきたい。

■最初に掲げたのは「ビジョン」ではなく「行動指針」

森岡 『#スポーツを止めるな』の前身となる『#ラグビーを止めるな』。高校生を対象としたこのプロジェクトは、2020年5月の始動から約半年、他競技への展開を含め大きなムーブメントとなりました。そのスピードを実現した秘訣は? 開始当初から確固たるビジョンがあったんでしょうか。

最上 そんな先を見通せなかったですね。最初は、とにかくやれることやろうって。僕たちが最初に掲げたのは、3つの行動指針です。

一つ目は、「“学生のため”に拘ること」。それって学生のためになるのか?を常に問いていました。二つ目は、「利他心を持つこと」。三つ目が「迅速に、できることからやること」です。コロナは初めての事態ですから、一年後どうなるかを考えてもしょうがない。というか、考えてもわからないから。もちろん、最初のアクションで何をするかは相当練ったし、打ち合わせも相当しましたよ。でも、一番時間を使ったのは、「誰が、どういう状況になって、困っているのか」のヒアリングや共有です。

順平 情報収集ですね。それはどうやって集めたんですか?

廣瀬 人づてですね。知り合いがいそうな人に紹介してもらって。

最上 そうそう、主要な十数競技の人に声を掛けて。とにかく外したくなかったんです。「学生のため」に活動するのであれば、学生の声を聞かなきゃいけない。できることを早くやりたい、やらなきゃと思っていたからこそ、情報収集にはしっかりと時間を使って、出来上がったものが的外れにならないように気を付けていました。Twitterにプレー動画をアップしてもらう仕様にしたのも、リクルーターに、「何があれば学生たちに注目できるか」と聞いたら、「プレーする動画を見たい」という声が圧倒的に多かったからなんです。

廣瀬 こういう情報収集一つでも、公(協会)を通さなかったのが、スピード感を持って進められた理由の一つかもしれないですね。僕らが直接当事者と話して仕切ってしまおうとアクション出来たから。現場とのネットワークは、ゴリさん(同団体代表理事 野澤)が強かったですよね。

最上 うん、すごいネットワークだよね。『#ラグビーを止めるな』は、僕らと、現在代表理事を務める野澤武史と3人で始めたんです。彼は今、日本ラグビー協会でアンダー世代の日本代表を選ぶような立場にいて、もう8年くらいになりますから、(高校の)先生たちとの信頼関係もすごくあるんです。どの高校にどういう子がいる、という情報は相当把握していて、彼のもともとのマニアックな気質も相まって(笑)、高校ラグビーに日本一詳しいぐらい。

そもそもこの活動は、春の大会が中止になったことをきっかけに、大学リクルーターから野澤へ、「いい選手はどこ(の高校)にいるの」と問い合わせが殺到したのが始まりだったんです。春の大会は、その年の注目選手が見えるタイミング(※編集註:毎年3~4月に開催)で、ラグビー界にとってとても重要なもの。各大学のリクルーターはこぞって見に来ますし、次のステップに進みたい学生にとっては大きなチャンスです。もちろん、いい選手を探している大学にとってもそれは同じ。高校生の進学、それはつまり、次の日本ラグビーを担う世代の話でもありますから、その機会損失は今だけの問題ではない。今手を打たなければ、ここから先、スポーツが止まってしまうという危機感がありました。

廣瀬 最初に集まったゴリさん、最上さん、僕の三人は、三者三様だったんですよね。ゴリさんは学校とのネットワーク、最上さんはメディアリレーションにすごく強い。僕の場合は、現役選手とはリレーションがあるので、彼らに協力を仰げる。いいバランスで進められたと思います。

順平 メディア関連で言えば、ニュースで取り上げられたり、テレビ番組(TBSテレビ『スポーツを止めるな』毎週水曜夜10:57~)も始まりましたよね。

最上 僕のメディアリレーション力というよりも、やっぱり活動自体の力ですよね。ちゃんと学生が喜ぶ仕組みになっていて、さらにそこにファクトがあったから。事実がしっかりしていればメディアも取り上げます。僕はそれをデリバリーしただけで。まあ、廣瀬君もいたしね(笑)。

廣瀬 それはもう、うまく使っていただいて(笑)。

最上 僕らがやっているのは、機会を作ることなんですよね。高校生がTwitter上に専用ハッシュタグ(#ラグビーを止めるな)をつけて動画をあげて、それを大学リクルーターが見る。学生がチャンスを掴むための機会、仕組みは作りましたが、そこから先、本当にリクルーターがその子を自大学に入れたいと思うか、そこまでは僕らはお膳立てできない。きっかけを作ったに過ぎないんです。

本当は、こういうキャリアの作り方や自分の見せ方は、もともとあってもいいものなんですよね。いつの間にか、みんながこれまでのやり方に馴染んでいただけのことで。コロナで失われたモノに多く目が向けられていますが、プラスの変化、進化もまた様々に生まれていることは事実で。僕たちも、競技間の横の繋がりとか、この活動を通じて得たものはたくさんあります。悪いことだけではなかったですよね。

■「ファクト集め→現状把握→とにかくやる!」の3ステップ

森岡 コロナで生活様式が変わって、戸惑われている方もたくさんいると思うんですが、変化に柔軟に対応するためのポイントはありますか?

最上 僕個人としては、とにかく食わず嫌いせずやってみることですかね。やってみてダメだと思ったら別のやり方でトライする。それに尽きますね。想像つかないことってたくさんあるので、これまでのやり方に固執してもしょうがない。この活動も、とりあえずやってみる、で始まって、新たな課題が生まれるたびに試行錯誤して、トライして、トライして……そうやって『#スポーツを止めるな』まで至っているんですよね。プロジェクトが安定して、既定路線を回せばいいとなったら、多分僕らの活動はいらなくなる。そんな気がします。

廣瀬 その通りですね。トライするために、「今ここに必要なものは何か」を第一に考える視点が必要で、だからこそファクト集めが大切ですよね。

森岡 まずはファクトを集めて、しっかり現状を捉える。それから、それに対してできることを、過去のやり方に固執せず、とにかくやっていくっていう。

廣瀬 みんな正解なんてわからなかったと思うんですよね。最初の頃は特に。だからこそ、とにかく動いて失敗して、そこから学ぼうというスタンスでした。

順平 2021年からは「風の時代」とかVUCA時代といわれるように変化が激しく不確定要素が多い時代と言われますよね。その中で今までのやり方を踏襲していたら遅れてしまう。常に進化を考えるマインド、非常に大切ですね。お二人はどうやってその思考を身につけたんですか?

最上 やっぱりラグビーから学んだ気はしますね。ラグビーって、個々に違いがある、いろんな得意を持つ人たちが揃ってやっとチームが勝てる。それが前提なんです。均一な人たちが集まれば強いわけではないし、自分だけが頑張って勝てるわけでもない。勝つとか成果を出すってことは、自分のパフォーマンスだけの問題ではないんですよね。だから、もともと「自分だけでなんとかしてやろう」だなんて思わないんですよ。それはある種、自分の非力さを認めることなんですが、そこは常に意識しているというか、逆に意識もしていないというか。

森岡 廣瀬さんの著書(『なんのために勝つのか。』(2015/東洋館出版社))を拝見して、すごく客観的にご自身のことを捉えられているなと感じたんですが、それもラグビーの経験から?

廣瀬 ラグビーと、リーダーの経験もありますね。チーム作りを考える時、自分は、全体のバランスや距離感を考えるんです。入り込み過ぎると全体が見えなくなっちゃうけど、逆に距離をとりすぎると、現場感が出なかったり、あまりいいパフォーマンスにならない時もあるんですよ。そのうまい距離感、引き具合って絶妙なバランスで。それはリーダー経験から学びました。

最上 それはメンバーを見て考えるの?

廣瀬 そうですね、メンバーと状況を見て。

最上 面白いね、距離感。確かに、昔はスポコン漫画の影響か、やたら先頭に立つステレオタイプのリーダー像が強かったけど、個性的な人たちが集まって、個々にすごく力があったら、リーダーがフォロワーに回ってもいいもんね。それってどうやって見分けてるの?

廣瀬 失敗をいっぱいしたんですよ(笑)。日々悩みの繰り返しで。

順平 廣瀬さんはお母様にも影響を受けたとか(前述著書より)。子供のころから、廣瀬さんの考えをしっかり聞いてくれて、お母様自身の考えも話してくれたと。

廣瀬 母から学んだのは、「フラット」な関係ですね。親と子の関係で、僕が下、つまり、親だから知っている、子供だから知らないという関係ではなくて、いち個人として接してくれた。認められている感覚がありましたし、それは本当に母に感謝しています。

最上 上下関係は、散々ラグビーで学んだもんね(笑)。

廣瀬 (笑)。

(後編はこちらから)

【関連リンク】 「一般社団法人 スポーツを止めるな」
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★Special Thanks『葉山珈琲 パッパニーニョ』
公式サイト:http://www.pappanino.com/
元サッカー日本代表監督の二宮寛さんが2002年春・葉山にオープン。世界の各コーヒー豆生産国の中から最高品質の豆1種類に限り厳選し使用しているこだわりのお店。サッカーをはじめとする多くのスポーツ関係者が訪れる場所となっている。

 

取材・文=山口順平、森岡悠翔
撮影:渋谷裕理