完璧よりも“余白”を愛そう。旗を揚げて始めよう。小さくてもいい、踏み出すことで生まれるものがたくさんある

「良い土曜日を!」朗らかな声と笑顔で送り出してくれるのは、逗子にある“土曜日だけの珈琲店”『アンドサタデー/珈琲と編集と』(以下、アンドサタデー)。カウンター7席ほどとベンチ。コンパクトな店内は、もともとバーだった内装をそのまま使用している。「毎日に土曜日を。」をコンセプトにこのお店を運営するのは、庄司賢吾さん・真帆さんご夫婦。3年前、土曜日の昼間だけバーを間借りする形で開業した。最初は、平日都内に勤務をしながら土曜日だけ。そこから徐々に軸足を移し、今や珈琲店にとどまらず、3000人を動員するイベントの開催や移住相談窓口、街の紹介雑誌制作など、街全体に活動を広げ始めている。「逗子・葉山を拠点に活動する編集カンパニー」として、街や暮らしを編む二人の、やりたいことを実現させるポイントとは?

(『アンドサタデー/珈琲と編集と』プロフィール)
会社勤めの夫婦がはじめた、週に一度、土曜日だけのコーヒーショップ。おいしいコーヒーとののんびりした場づくりを大事にしつつ、イラスト、デザイン、写真なども手がけている。

― お二人は、もともと飲食とは別の一般企業に勤めていらしたんですよね。

真帆 はい。二人とも同じ教育系の会社で、編集の仕事をしていました。当時は住居も職場も都内。残業も多くて、会社と家の往復の毎日でした。そこで5~6年ほど働いた後、私は飲食系のベンチャーで店舗開発や運営をする仕事に、彼は編集をとことん極める形で転職をしました。

一社目では通勤を第一に住む街を選んでいたんですけれど、転職先が比較的柔軟に働ける会社だったこともあって、暮らしを見直し始めたんです。それで、居心地のいい街を探して逗子にたどり着き、土曜日だけ『アンドサタデー』を始めました。

― 最初は、平日フルタイムで働きながら営業していたんですよね。店舗を探すのも苦労されたって拝見しました。

真帆 そうなんですよ~。お店を開きたかったけれど、仕事を辞めるつもりはなかったので、いきなり大きなリスクを取ってテナントを借りることは考えていなくて。それ以外の軸足の移し方を模索していたんです。それで、間借りする形で既存のお店と共存できないかなと、近くの八百屋さんやおもちゃ屋さんに交渉しに行きました(笑)。

― すごい、行動派!(笑)。どんな反応だったんですか?

真帆 門前払いされるところもあれば、真剣に聞いてくださるお店もあり(笑)。ここはもともと、夜だけ開けているバーだったんです。私たちも時々お邪魔していて。飲みながら、「お店を開きたい」と話をしていたら、オーナーさんが「昼の時間を使ってみる?」と言ってくださって、それをきっかけにお借りすることになりました。一時期別の場所に移ったこともあったのですが、オーナーさんがバーを畳むタイミングで手を挙げて、今は私たちでテナントをお借りしています。

― お店を開きたいというのは、いつから思っていたんですか?

真帆 学生の頃から。でも、絶対にコーヒーで、とは思っていなくて。私、人が集まる場所が好きだったんです。そういう意味で、お店を持ちたくて。なにやろうかなって思った時、私自身、お酒や食べることが大好きでしたし、「食卓」って今後もずっと大切にされるものなんじゃないかと考えて、軸を「食」に決めました。もともと我が家には、毎週土曜日にコーヒーを入れて飲む習慣があったんです。それで、この時間を街に開けたらいいねっていうのが最初の一歩でした。だから、コーヒーになったんです。

賢吾 店名(アンドサタデー)も、「毎日に土曜日を。」というコピーも、ネーミングは議論しました。僕たち自身、都内で働いて、仕事に追われて余裕がない毎日で。それを当たり前に思っていました。でも、転職を機に一度立ち止まってみると、その状況は当たり前ではなくて、自分が自分らしくいられる瞬間が必要なんじゃないかって考えたんです。「土曜日」は曜日というより、概念の話で、ここにいる時の気持ちを表しているんです。

真帆 土曜日って、平日働いている人にとっては、「やっと一週間終わったな」ってリラックスできて、でも同時に、「明日は日曜日だからちょっと無茶してもいいかな」って少し浮き立つような感じもして。私たちにとって心地良いものが詰まっているんです。そういう時間が、平日も含めて色々なタイミングで生まれたらいいねって。

― お店を出すのに、逗子を選ばれたのは?

真帆 もともと私が藤沢出身で、湘南エリアに戻ってきたいという気持ちがずっとあったんです。色々見て回ったんですが、この辺りはいい意味の田舎感が残っているというか、他の街と比べても空気がゆったりしている気がして。駅から海まで15分ちょっとで、その間に街がコンパクトにある。そこに心地良さを感じました。

― 昔ながらの感じ、ありますよね。商店街とか、古いお店が残っていたり。

賢吾 そうなんですよね。山に囲まれているからか、ぎゅっとまとまったコミュニティのようでもあるし、でも、そこまでの閉塞感はなく、人との距離感がちょうどいい。顔が見える関係性が居心地良くて。それに、この街には「余白」があるって思ったんです。都内って、プレイヤーがひしめいているし、店舗を出すとなっても費用がかなりかかります。でも逗子には、「この街でなにかできそう」って思わせる「余白」がありました。こういう、旗を揚げられそうな「余白」って、地域にすごく大切なんじゃないかなと思います。

― 編集から飲食って大きな転換ですよね。飛び込むのにも勇気が要りそうです。

真帆 業界経験はゼロでしたけれど、編集者と店舗開発って、似通ったところがあるんです。編集者はイラストレーターやライター、店舗開発は現場の施工や設計士、料理人、バリスタなど、どちらもチームを編成して進める仕事なので。それに、編集の仕事は楽しかったんですけれど、正直、現場で動く今の業務が一番楽しいんだろうなと思っていて、管理職とか先々のことは想像できなかったんです。だから、今以上に楽しそうな仕事があれば転職しようってずっと思っていて。お店はいつかやりたいことでしたし、次の会社を見つけた時には、やりたいことが学べそうだと思って迷いはなかったです。

二社目は最初から、吸収するだけしたら次のステップに、と思っていたので、入社当初からそのことを伝えていました。それを知ったうえで応援してくださって。じっくり育っていきたいか、生き急いでるか、って聞かれて、「生き急いでる」って答えてました(笑)。会社を離れた今も業務委託でお付き合いがありますし、実は『アンドサタデー』の豆も、そこからオリジナルブレンドで卸してしていただいているんです。ひいき目抜きで、美味しいんですよ!

― 素敵な関係性ですね。最初の一歩ってなかなか踏み出すのが難しい部分もあると思うのですが、お店を開く時、その壁を乗り越えるポイントってありましたか?

賢吾 どんなに小さくてもいいから、始めることに重きを置いていたのが良かったのかなと思います。すごく意気込んで、100%準備ができてからって思っていたら、もしかしたらまだやってなかったかもしれない。まず始めてみて、始めながら考えて、進めていく。とにかく、小さくてもいいからなにか始めてみたら、そこから転がりだすものがたくさんありました。

― 頭で考えて準備しがちなところ、私もあります。

真帆 実行してダメだったって思うことと、実行せずにダメかもって思うことは全く違うんですよね。やってみれば次の対処の仕方がわかるから。最初から完璧なものを出すのではなく、やってみて反応を見ることの繰り返し。それこそ最初の頃は、平日週5日間は都内で働いて、土曜日にここを開いて、日曜日は半分寝ながら残りの仕事を片付けて……って生活をしていたので、結構ガッツが必要で。あれもこれも、って難しいですよね。それでも続けてこられたのは、やりたいことに繋がっている充実感が持てていたことと、それからやっぱり、100%を目指さずにいたことが良かったのかなと思います。

― 『アンドサタデー』は、すごく穏やかな空気感も魅力だと思うんですけれど、あまり波はないですか?

真帆 水面下はすごいジタバタしてますよ~。でも、だからこそ、アウトプットはなるべく楽しくて、穏やかで、緩やかなものに、って意識してるんです。

私たちの場合は、考えることは基本彼がやっていて、私が「やってみよう!」でどんどん進めていくみたいなバランスなんです。私は結構波が激しくて、彼は安定。私の波が激しいから抑えているのかもしれないけど(笑)。でも、私はすごい落ちるんですけど、寝たら戻るんです。この世の終わりみたいな感じだったのに、食べて寝たらケロッとしてて、最悪、もう一度同じことをやるという(笑)。あ、だから、それにも振り回されてるのかも……。でも、その分、起き上がる力は強いから……。

― それを聞いて、賢吾さんどうですか?(笑)

賢吾 (笑)。そのままどんどん進んでいって欲しいと思ってます。彼女は、誰からも愛されるというか、逗子・葉山のアイコンになりつつあるので。物事を柔らかく進める力を持っていて、力強いんですけど、柔らかく巻き込む求心力を持っている。それは僕にはない才能だと思っているので、そこを前面に出して突き進んでくれれば。

真帆 私は賢吾くんみたいに考えられる人にすごい憧れる時期があったんです。で、無理して装ってみたこともあるんですけど、自分はそうじゃないなってことが、何周も回ってわかってきて。そういう意味で、もっと行動するようにって言ってくれてると思うんですけれど。

賢吾 企画できる人って世の中にめちゃくちゃいるけど、そこを突破していける人はものすごく貴重だと思うんです。彼女はそんな存在だから、そこを突き詰めていって欲しい。

― 今のお話でも「求心力」とあったみたいに、真帆さんの周りには人が集まってくるイメージがありますが、人とのコミュニケーションで大切にされていることはありますか?

真帆 『アンドサタデー』でいうと、お店に関わっている感覚をお客さんにも持ってもらえたらなと思っています。私たち自身が、この逗子に「なにかできそう」っていう余白を感じてやってきたので、このお店も距離の近さを大切にしたくて。完璧でかっこよく、バチッとキメるというよりも、「ごめん、手が回ってないから手伝って」みたいな。あとは、勇気を出して、この小さなお店に来てくださっているので、お一人で来られても、この二人合いそうだなと思ったら橋渡ししたり、一人にしないことを心がけています。

― 「人が集まれる場所」っていうのが、『アンドサタデー』の根本にあるんですね。場所として目指す姿はありますか?

真帆 学生時代の部室みたいに、「約束はしていないけど、ここに来たら誰かがいる」みたいな空間がいいなって思います。人に会うためには理由や約束が必要だと思うのですが、そればかりでは疲れてしまいますもんね。

私は、街の暮らしを楽しくする要素の一つが人だと思っているんです。私自身、逗子に来て、賢吾さんの奥さん、〇〇会社の庄司さん、という肩書ではなく、地元の繋がりというのかな、フラットに絡める人が増えたことで、暮らしが楽しいと思えている実感があるんです。地域の繋がりが増えれば、それだけ街の課題も自分ごとになっていくし、地域で繋がるコミュニティって、街にとってはいいことしかない。だから、『アンドサタデー』を介して、そういう繋がりができるといいなと。この部分は、この3年間で少しずつできてきたかなとは思っています。

― 今は、移住のプロジェクトも始められていますよね。

賢吾 そうなんです。お店をやっているうちに、逗子に移住したいという声も聞こえてきて。じゃあ我々、それもやりますよってことで、『暮らしの相談室』を始めました。7月に一度オンラインイベントを行っていて、希望する方には、私たちの信頼する不動産屋さんをご紹介しています。

真帆 ここを介して街を好きになってくれて、そのまま移住した人が、この3年間で十数人いるんです。

賢吾 そう。二回目の来店ですでに、「逗子に物件見つけました!」って報告してくれたり。ここで地元の方と意気投合して、そのまま飲みに行ったりとかもあるので、「どんな人が住んでいる街かわかったのが決め手だった」っていう方もいました。

― やっぱり、やりながら気づいて、次に進んでいくってことが多いんですね。

真帆 そうですね。今、3年間の活動を経て、今度はこのお店の空気を街に開いていこうと意識して活動を始めているんです。

『雑誌逗子』もその一つで。我々のルーツである「編集」で、逗子の魅力を写真集のように伝えるものを作ろうと、「写真集のようなガイドブック」をコンセプトに昨年制作しました。わかりやすい観光名所がないこの街の空気感が好きっていう方が多いので、街全体を切り取っていくことができないかと思って。これは、彼がフォトグラファーとして撮り下ろしています。

それから、駅前の神社で『逗子・葉山 海街珈琲祭』というイベントも昨年主催しました。逗子・葉山のエリアは、ここ数年で個性的なお店が増えてきてるんです。だから、一軒一軒、企画を持って回って出店していただいて。このイベントには1日で3000人ぐらい集まったんです。逗子にこんなに人が来るなんて!って私たちもびっくり(笑)。

― すごい!

真帆 『海街珈琲祭』は、事務局メンバーも当日のボランティアスタッフも、全員ここで出会った人たちやその知り合いの方々でした。みなさん、想いをベースに手伝ってくれて、それぞれの経験値を組み合わせて作り上げて。こうして一緒に仕事をしているけれど、出会いが名刺交換ではないのが面白いですよね。少し違う次元で人と人を繋げられていることを実感できましたし、スモールチームができるのも『アンドサタデー』の強みの一つだなと思いました。

『海街珈琲祭』の様子

『海街珈琲祭』の様子

― 新しいチームの組み方ですよね。名刺交換ではなく出会って、でも結果、仕事に繋がっていく。

賢吾 『アンドサタデー』ってポートフォリオみたいなんです。逗子で暮らす様々な方が集まっているから、ここにきたら、〇〇を作っている人たちの顔を見られる、喋れる、会えるみたいな。『海街珈琲祭』だけではなく、ここでの出会いからお仕事になっているパターンもあるんですよ。私たちは、単なる珈琲店ではなく、そうやってアウトプットすることがメインだと思っています。

でも、閉じこもって黙々と考えているだけではダメで、なにかをする時は、SNSでの発信だったり、旗を揚げることは意識しています。当たり前ですけれど、ファーストペンギンになったほうがいいんですよね。同じことを考えていても、先に立つ人がいたら二番煎じになっちゃう。だから、やりたいって思ったらなるべく早く手を挙げるように意識しています。

― これからの目標・ビジョンはありますか?

賢吾 『アンドサタデー』を通して街を好きになり移住するという流れも生まれて、この3年で、街の入口としての機能は果たせるようになりました。なので、これからは、『海街珈琲祭』のようにお店があるからこそできる外の活動を増やし、街や暮らしを作る地域デザインの部分を強めていければと思っています。

『アンドサタデー』は、「逗子・葉山を拠点に活動する編集カンパニー」として活動を広げています。お店は、「土曜日の過ごし方」という逗子・葉山の暮らしの編集の一つに過ぎなくて。街が心地良くなったり、暮らしが楽しくなったりすることを編集の力で実現して、10年後には、「逗子・葉山=アンドサタデー」みたいに、このエリアを代表する存在になっていなければと。

― 賢吾さんと真帆さん、お二人のバランスがうまくとれて『アンドサタデー』が進んでいるんだなというのがわかりました。最後に、一歩踏み出したい方々へアドバイスをお願いします。

真帆 一人ではできないなと思った時、あるいは、自分にはできないなと思う分野があったら、それができる相手を探して進んでいくのも一つの手だと思います。『アンドサタデー』も、私だけでも、彼だけでもダメだったと思うんです。少なくとも私は、絶対一人じゃできませんでした。

小さな一歩を踏み出した時に、誰かが反応してくれて、仲間が集まってくるかもしれない。なので、あまり頭でっかちにならずに、スモールステップでまずやってみてください。もちろん、東京で何十万円のテナントを借りてビジネスってなったら話は違うかもしれないけれど、個人の延長でやりたいことがあるなら、まずは踏み出して、グルグル回していくことが大事かなと思います。まずやる!早くやる!が一番です。

 

<マイレジェンドから学んだこと>
逗子に移住をして、自分のコーヒー屋を始めるという誰もが憧れるけどなかなかやれないことをどうやって実現させてきたのかかということに興味がありインタビューさせていただきました。
最初は都内で仕事をしながら週末にお店をやるために既存のお店を間借りする形を考え、家の近くの八百屋さんやおもちゃ屋さんに交渉する行動力は本当にすごいと思いました。
その行動力を生んでいるのは、「人が集まる場所をつくりたい」というご自身のやりたいことに繋がっていると思えることと、最初から100%を目指さずにまずやってみようという気持ちのもち方にあるのかなと感じました。また、企画の賢吾さん、実行の真帆さんという役割が進むにつれて明確になり、お互い尊重しながらパートナーシップをもち大きな目標に向かう姿がとてもカッコよかったです。アンドサタデーの心地よい空間にまた訪れ、ワクワクすることを一緒に話したいなと思います。
(山口順平)

お二人に初めてお会いしたのは、1年ほど前のこと。都内から逗子へ移住し、土曜日だけコーヒー屋さんを開いている方がいるとお聞きして、ぜひお会いしたいとお伺いしたときから、あっという間にお二人の、アンドサタデーのファンになってしまいました。お二人がまとう穏やかな雰囲気。今回お話をお伺いして、逗子に感じたという「余白」という言葉、そして、「きっと一人では(ここまで)できなかった」と気張らず口にする二人の信頼関係がとても魅力的で、アンドサタデーに人が集まってくる理由がとてもよくわかりました。美味しいコーヒーをいただきながら、背中を押してもらえるような、そんな魅力的な空間でした。ぜひ、逗子にお越しの際はアンドサタデーにお立ちよりを。大切な人へおすすめしたい、とても素敵な場所でした。
(もりおかゆか)

 

取材・文:山口順平、もりおかゆか
撮影:渋谷裕理